放射能汚染の基礎情報:米と土壌の137Cs、90Sr汚染 [科学]
放射能汚染*1の基礎情報:米と土壌の137Cs、90Sr汚染
*1最近、放射能汚染という表現は間違いで、放射性物質による汚染と表現するのが正しいとされています。放射能とは放射線を放出する能力のことで、この能力を放射性物質が持っており、放射性物質のその能力により放射線を放出するのです。すなわち、放射能とは放射性物質や放射線を含んだ言葉として使用されている一面があるのです。私はあえて、表現が簡潔に表わせ
る一部分について放射能の表現を使用させていただきました。
福島原発事故で今年産米の放射性セシウム(134・137Cs)汚染が懸念されています。
放射能汚染について、本ブログへの投稿を戸惑っていたのですが、過去の放射能汚染調査結果と研究成果(1959年から2000年)の概要をご紹介させて頂くことにしました。今回の原発事故対策に少しでもお役に立てばと思います。長年にわたる膨大な調査・研究内容の中から、簡潔にまとめてみました。内容は、福島原発事故発生以前の調査結果と研究成果のうち、米と水田土壌の放射性セシウム(137Cs)とストロンチウム(90Sr)汚染に焦点を絞りました。詳しい内容は下記引用文献をご参照下さい。小麦と畑土壌の汚染に関しては省略させていただきました(必要な方は文献5,6,7をご参照下さい)。記事の補足としてイラストの写真1、2、3を掲載しました。
1米と水田土壌の137Csと90Sr汚染(福島原発事故以前のバックグラウンド)
白米の放射能汚染レベル(全国14~15カ所圃場平均)は、度重なる大型核実験の影響で最高値を示した1963年で137Cs 4.2Bq/Kg (玄米11.5)、90Sr 0.27 Bq/Kg(玄米約3.6)でした。しかし、2000年では137Cs 0.023 Bq/Kg(玄米約0.039)、90Sr 0.0027 Bq/Kg(玄米0.013)と激減しております。現在(2011年)では2000年の値の約半分に減少しています。チェルノブイリ原発事故では日本の小麦の汚染が生じ、137Cs約8 Bq/Kg(1986年)と高い値が観測されましたが、ほぼ100%直接汚染(直接汚染の説明は下記参照)に起因していることが確認されています。しかし、米汚染への影響は認められませんでした。チェルノブイリ事故による土壌の137Csの上乗せは統計的には認められていません。 水田土壌の汚染レベル(全国14カ所圃場平均)は、白米同様に最高値が1963年に観測され、137Cs 39Bq/Kg、90Sr 14Bq/Kgでした。2000年では137Cs 8.4 Bq/Kg、90Sr 1.0 Bq/Kgとやはり米同様激減しております。2011年では2000年の約半分の値です。
2 土壌から米への137Csと90Srの移行係数
土壌から白米への移行係数*2(下記定義参照)を、 全国14~15カ所の圃場(核実験起源137Cs、90Sr)で検討した結果、平均で137Cs 0.0026、90Sr 0.0038となっています。しかし、移行係数は土壌の性質により異なり、両核種とも一桁以上の開きがあります。移行係数の玄米/白米比は平均で137Cs 2.6、90Sr 5.8ですので、これらの値から玄米への移行係数を推定できます。 これに対して、トレーサ実験で算出した移行係数は、核実験起源の移行係数より高い値が得られており、平均で137Cs 0.009、90Sr 0. 0065となりました。玄米では137Cs 0.028、90Sr 0.025となりました。トレーサ実験による移行係数の玄米/白米比は平均で137Cs約 3、90Sr 4と算出されました。
3 137Csと90Srの水田土壌の滞留半減時間
水田土壌(作土:表層から約15㎝深)に蓄積している137Csが半減する時間(滞留半減時間)は平均で約16年(試料数36)、 同 90Srは約9年と算定されました。 しかし、 土壌間の差異が大きく137Csでは最低9年、最高24年、90Srでも最低6年、最高12年となりました。
4 白米の137Csと90Sr汚染の直接・間接汚染の割合
作物の放射能汚染の形態は、雨などに伴い降下した放射性物質(フォールアウト:放射性降下物)が直接作物に吸着して汚染する直接汚染と土壌に蓄積された放射性物質が根から吸収される間接汚染に大別されます。両者の複合汚染もあります。大型核実験の多発時および今回の福島原発事故後間もない時期の汚染形態は、ほぼ100%が直接汚染と言えます。土壌からの吸収率が下記のように低いため、フォールアウトが多ければ多いほど直接汚染の影響が大きくなるのです。チェルノブイリ事故時の小麦の137Cs汚染はほぼ100%が直接汚染に起因しています。過去における白米の直接汚染と間接汚染の割合を写真3に示しました。フォールアウトの多かった1963年前後では、白米の137Cs汚染は大部分が直接汚染経路によって汚染されたことが読み取れます。それ以降は複合汚染が続き、1990年頃から2010年まではほぼ100%が間接汚染経路(経根吸収)のみの汚染ということになります。
CsはKと化学性質が似ており、両元素とも植物体内で移動し易い性質をもっています。水稲の出穂前に降下した137Csは、水稲体(葉身・葉鞘)に吸着して体内に長期間残留し、その後出穂して稔実した米にまで容易に移行するのです。137Csの移動し易い性質が米の直接汚染を高めているのです。これに対し体内の90Srは137Csに比べて移行しづらいのです。
5 水稲の137Csと90Srの吸収率
土壌から根による放射性物質の一年間の吸収量(吸収率)は137Csで0.1%以下、90Srで1 %以下と算定されました(トレーサ実験結果)。吸収率のことは写真1を参照下さい。
6 水稲体内の137Csの分布割合
水稲が根から吸収した場合の水稲体内の137Csの濃度割合は、玄米を100として比較すれば、白米32、糠711、籾殻174、稈193、上位葉身107、下位葉身 537、上位葉鞘 296、下位葉鞘 247となりました。同様に90Srでは玄米100、白米26、糠760、籾殻661、稈967、上位葉身3758、下位葉身6661、上位葉鞘 1267、下位葉鞘 6740となり、137Csに比べて籾殻や葉に多く集積しています。参考までに137Csと90Srの体内分布割合の写真2に示しました(いずれもトレーサ実験の結果です)。
7 137Csの土壌からの溶脱
土壌表面に吸着した137Csは、溶脱モデル実験の結果表層2㎝以内に90%以上残留することが認められました。この実験は大型カラムによる屋外でのトレーサ実験で、2~8月の7カ月間の溶脱実験結果です(この間1260mmの降水を記録しています)。福島原発事故起源の137Csでも土壌の表層に大部分残留していることが報告されています。無担体(キャリアフリー)の137Csは土壌中で特異吸着を示し、容易には溶け出さないのです。フォールアウト性の137Csもキャリアフリーに近く土壌と特異吸着が生じることが推定されます。水田での層位別調査でも作土に多く残留していることが知られています。 土壌による137Csと90Srの吸着・固定に関する詳しい知見は文献1をご参照下さい。
8 水稲の放射性セシウム(134・137Cs)吸収抑制方法
水稲の134・137Cs吸収抑制に最も簡単で実用的な技術の一つとして、加里肥料の施用限界程度の多施用と堆肥など有機物の多用でしょう。色々な植物利用による水田の放射性セシウム除去技術が試みられていますが、植物の放射性セシウムの吸収率が低いので相当の年数がかかると思います。
*2移行係数:米と土壌の放射能比:(米の放射性核種濃度)÷(土壌の放射性核種濃度)例えば、米1kgの放射性セシウム÷土壌1kgの放射性セシウム
(水稲とその培地である圃場とは常に対応している必要がある)
9 自然放射能(参考資料)
上記の人工放射性元素(核種)とは別に、もともと自然に存在する放射性元素が意外と高い濃度で存在しています(以下の単位は1㎏当りベクレル・Bq)。土壌には40Kが数百、ウラン・トリウム系列が各40Kの十分の一程度、14C、ルビジウム(87)が共に微量存在しています。 白米では40K 30、14C数十程度で、ウラン・トリウム系列およびルビジウムは微量です。
引用文献
1) 津村昭人他:土壌及び土壌―植物系における放射性ストロンチウムとセシウムの挙動に関する研究(学位論文)、農業技術研究所報告B36、57-113(1984)
2) 駒村美佐子・津村昭人他:誘導結合プラズマ質量分析法による土壌から白米への放射性核種の移行係数算定、RADIOISOTOPES、43、1-8(1994)
3) 駒村美佐子・津村昭人他:日本の水田における作土中の137Csの滞留半減時間、RADIOISOTOPES、48、635-644(1999)
4) 駒村美佐子・津村昭人他:わが国での90Srと137Csによる白米の汚染―1959年以来37年間の長期観測とその解析―、RADIOISOTOPES、50、80-93(2001)
5) 駒村美佐子・津村昭人他:国産小麦の90Srおよび137C汚染に関する長期観測と解析―1959年以来チェルノブイリ事故を含む37年間―、RADIOISOTOPES、51、345-363(2002)
6) Komamura, M., Tsumura A. et al:Monitoring 90Sr and 137Cs in Rice, Wheat and Soil in Japan from 1959 to 2000, Miscellaneous Publication of National Institute for Agro-Environmental Sciences, No.28,1-56(2005)
7) 駒村美佐子・津村昭人他:わが国の米、小麦および土壌による90Srと137Cs濃度の長期モニタリングと変動解析、農業環境技術研究所報告24、1-24(2006)
これらに関連した情報は独立行政法人農業環境技術研究所、日本土壌肥料学会の各ホームページでも紹介されています。
(津村原図 )
写真1 水稲による137Csと90Sr の吸収率、玄米移行率および
土壌から白米への移行係数(写真をクリックして見ると鮮明になります)
(津村原図 )
写真2 水稲体内の137Csと90Sr の分布割合(写真をクリックして見ると鮮明になります)
写真3 水稲の137Csと90Sr 汚染の直接・間接汚染の割合(文献4より)
(写真をクリックして見ると鮮明になります)
原発関連で飯を食べてきた者として、原子力村の指導する原発事故対応のあまりのご都合主義に腹を立てている者の一人です。農水省の決めた玄米の移行係数=0.1は、原発がメルトスルーを起こしたことを知った原子力安全委員会が水田の放射性セシウム濃度5000Bq/kgを推定し、玄米のセシウム濃度を野菜などと同じ500Bq/kgと決めたことにより算出した値と思います。科学的には玄米の移行係数は0.00021~0.012、平均値は0.003です。0.1は行政上決めた数値で何の根拠の無いものと考えています。移行係数=0.1は科学的な検討に使用してはいけません。又、主食である玄米の規制値が500Bq/kgと同じとするのも、内部被曝を考えると危険で、100Bq/kg以下にすべきと思います。玄米100Bq/kgであればヌカは721Bq/kg、稲ワラは600Bq/kgと推定され、使用できません。ぜひ、私のブログ「みまもりファームの栽培日記」を参照ください。一緒に考えて行きたいと思っています。
by 磯子の眠り猫 (2011-09-22 05:23)
始めまして。
「みまもりファームの栽培日記」を読ませていただきました。原発関連にお勤めされておられたからこそ、あのような詳しい記事が投稿可能なのですね。現役顔負けの内容と思いました。規制値が500Bq/kgの根拠は、この値の米を一年間食べても年間内部被曝が1mSv程度と推定されることからと思います。色々な食品を食べる複合汚染となりますのでいかに規制値を下げるかが大切と思います。緊急時だから仕方がないかも知れませんが、年々規制値は下げられると考えられます。
私は、都立舎人公園で野草見本園をボランティアとして管理させていただいております。時間があったら一度見に来て下さい。
by ツムラ (2011-09-22 15:50)
すみません、
読んでみたものの基本的な知識がかけているのでよく分かりませんでしたので、もしよろしかったら教えていただきたいのですが…
水田土壌中のセシウム濃度から、収穫される玄米または白米のセシウム濃度を計算するのには、どうしたらよいのでしょうか?
たとえば、栃木県のデータ
http://www.pref.tochigi.lg.jp/kinkyu/houshanou_suiden.html
などがここにありますが、
1番の那須町685Bq/kg
を例にとると、このサイトの写真1から考えると
685x0.003=2.055Bq/kg
が白米に含まれるセシウム濃度と推定してよろしいのですか?
お忙しいところすみません。もし出来れば教えていただきたいです^^;
当方
ted@rose.plala.or.jp
です。
by シュミーデ (2011-10-26 00:31)
返事はメールでいたします
by ツムラ (2011-10-26 09:30)