農作物のセシウム汚染は収束 [科学]
結論から申しますと2012年の農作物の放射性セシウム汚染は収束するでしょう。その理由は、今回のような原発事故時の作物の汚染形態はほぼ100%が葉や茎から取り込まれる直接汚染に起因するからです。事故炉から新たなフォールアウト〈放射性降下物〉が発生しなければ、来年は農作物の放射能汚染は収束すると考えられます。ただし、一部の汚染度の高い土壌での栽培、永年作物では暫定基準値には達しないものの、ある程度の放射性セシウムは検出される可能性があります。
その根拠を述べてみたいと思います。2011年3月11日の福島原発事故による炉心損傷と水素爆発が12日~15日頃まで続き、莫大な放射性物質(主に放射性ヨウ素と同セシウム)が大気中に放出されました。事故時および事故後に栽培されていた露地植物の汚染の殆どは、根からの吸収ではなく、大気中のフォールアウトが雨などにより直接葉や茎などに付着・吸着し体内に取り込まれた直接汚染に起因するのです。直接汚染はドラスチックに現れる性格を持つため、今回の農作物が暫定基準値を超過し社会問題化したのです。しかし、フォールアウトの降下が収束に向かった以降の栽培では暫定基準値を超える作物はあまりありませんでした。お茶や果物など永年作物は、すでに体内に取り込まれた放射性セシウムが、一部来年新芽に移行すると推定されるので、一年生の作物よりは収束に時間がかかると考えられます。
幸い、水稲はフォールアウトが収束に向かっていた時期に田植えが行われ、殆ど直接汚染の影響は避けられました。1986年のチェルノブイリ原発事故時(4月26日)では、わが国へのフォールアウトの多量降下が小麦の出穂期の5月に重なり(直接汚染)、玄麦の高い137Cs汚染が生じました。その濃度は1.2~16(平均6)Bq/Kgに達しており、この値は前年の132倍に相当します。しかし、翌年には0.042 Bq/Kgと平年レベルに低下し、経根吸収のウエイトの小さいことが理解できます。一方、チェルノブイリ原発事故年の米と土壌の137Cs汚染は平年とほぼ同レベルにありました(平均で白米0.056 Bq/Kg、土壌19.4 Bq/Kg)。これは、直接汚染を避けられたからです。因みに、この年の土壌から白米への移行係数 (0.056 Bq/Kg/土壌19.4 Bq/Kg)は0.0029となります。白米の移行係数は、本ブログで既に詳しく述べましたが、土壌、施肥条件により、一桁~二桁の開きが生じます。
放射性セシウムは、根のみならず、植物体の葉、葉鞘、穂などあらゆる器官で取り込まれ、一旦取り込まれると体内を移動し易い性質を持っています。特にカリウム含量の多い米には多く移動集積します。
過去のトレーサ実験、1963年頃の核爆発実験、チェルノブイリ原発事故および今回の福島原発事故に起因する農作物の放射能汚染を解析した結果、このような緊急時で多量のフォールアウトが降下するときでは、その汚染はほぼ100%が直接汚染に起因することになります。したがって、新たなフォールアウトがほとんど発生していない現在、来年の農作物の放射能汚染は収束に向かうことになるのです。土壌に放射性セシウムが残留していても根からの吸収は特殊な例(土壌・施肥条件)を除いて多くはないからです。
核爆発実験由来フォールアウトの降下が多量観察された時期と、フォールアウトの降下量が減少した時期別に直接汚染と間接汚染の割合を図示しました。フォールアウトの降下が極めて多いときの汚染形態は、ほぼ100%が直接汚染に起因し、間接汚染(経根吸収)による汚染割合は無視できる程度で、今回の福島原発事故からしばらくの期間がこれに当てはまります。
過去の研究結果から、来年度の農作物の暫定基準値(500Bq/Kg)を十分の一程度あるいはそれ以下にまで下げられるのではないかと考えます。
この記事に関連して、本ブログで取り上げました下記の記事もご参照下さい。記事:放射能汚染の基礎情報:米と土壌の137Cs、90Sr汚染(2011年8月22日投稿)
参考にした文献
1) 津村昭人他:土壌及び土壌―植物系における放射性ストロンチウムとセシウムの挙動に関する研究(学位論文)、農業技術研究所報告B36、57-113(1984)
2) 駒村美佐子・津村昭人他:誘導結合プラズマ質量分析法による土壌から白米への放射性核種の移行係数算定、RADIOISOTOPES、43、1-8(1994)
3) 駒村美佐子・津村昭人他:日本の水田における作土中の137Csの滞留半減時間、RADIOISOTOPES、48、635-644(1999)
4) 駒村美佐子・津村昭人他:わが国での90Srと137Csによる白米の汚染―1959年以来37年間の長期観測とその解析―、RADIOISOTOPES、50、80-93(2001)
5) 駒村美佐子・津村昭人他:国産小麦の90Srおよび137C汚染に関する長期観測と解析―1959年以来チェルノブイリ事故を含む37年間―、RADIOISOTOPES、51、345-363(2002)
6) Komamura, M., Tsumura A. et al:Monitoring 90Sr and 137Cs in Rice, Wheat and Soil in Japan from 1959 to 2000, Miscellaneous Publication of National Institute for Agro-Environmental Sciences, No.28,1-56(2005)
7) 駒村美佐子・津村昭人他:わが国の米、小麦および土壌による90Srと137Cs濃度の長期モニタリングと変動解析、農業環境技術研究所報告24、1-24(2006)
白米汚染の直接・間接汚染の割合:137Csの多量降下期である1959~1963年の汚染は、ほぼ直接汚染に起因する(クリックすると拡大されます)。
1959~1966年および1986年(チェルノブイリ事故年)の汚染はほぼ100%が直接汚染である。
コメント 0